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2009年6月25日 (木)

多賀城を歩く その7


政庁の敷地境界には、堤の跡がありました。
当時のものがそのまま残っているのでしょうか? ロマンを感じました。


こちらは北側境界。

Dpp_0826

 

右回りに歩いてみました。

Dpp_0827


 
崩れるにまかされています。

Dpp_0828


 

東側境界

Dpp_0829


  

東殿跡です。

Dpp_0831


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コメント

こんばんは。
ここは復元とかは考えず、自然のままという保存方法ですね。
資料としていろいろ説明書きはあるようですが。
この時代のことって実際のところよくわかっていないのでは?
大河ドラマで鎌倉時代のことをやるのは大変だと聞きます。
衣食住がよくわかっていないそうですね。
でも現実に多賀城があり、蝦夷を攻めたというのは事実ですね。

投稿: NIMITZ | 2009年6月26日 (金) 17時28分

遺構がちゃんと残っていますね。
大切にしてほしいものです。

私の近辺では、バブル崩壊と最近の不景気で、古い家屋敷が取り壊される事態が生じています。
長い歴史のものが、ごく最近、あっという間に無くなっていくのは辛いものがあります。

投稿: 模糊 | 2009年6月26日 (金) 20時22分

こんばんは。
1000年という時間は人工物でもここまで自然に戻してしまう力があるのですね。
つわものどもが夢の跡、しばらくたたずんでいたくなります。

投稿: まつきんサンバ | 2009年6月26日 (金) 22時57分

こんばんは。
すごい時間が経っているのに風化しても
残っているものなんですね。
手を加えられなかったってある意味すご意ことですね。

投稿: 夜空 | 2009年6月27日 (土) 01時23分

NIMITZさん

こういう保存は好きですね。
新しい建物を建てて真っ赤に塗られたりする場合が多いのですが、興ざめだと思います。
なにも建てない方が、見る人の自由なイメージをかきたてます。

投稿: torotorotorori | 2009年6月27日 (土) 14時52分

模糊さん

ここは山の上になっていて、開発を免れたのかもしれません。
日本ではお城を壊してしまったのは残念です。
後は、戦災で焼失してしまったものも多いです。
木造文化は昔のものが残らないですね

投稿: torotorotorori | 2009年6月27日 (土) 14時55分

まつきんサンバさん

多賀城は華々しい遺跡ではありませんが、自由な創造をかきたててくれます。
政庁の他にもたくさん遺跡がありますので、一日遊べると思います

投稿: torotorotorori | 2009年6月27日 (土) 14時56分

夜空さん

オリジナルのものかどうかはわかりません。
ですが、そうかなーと思わせるものがあります。
西洋の遺跡と違って、日本では建物が残っていないことがほとんどです。
あとは想像力でカバーです

投稿: torotorotorori | 2009年6月27日 (土) 14時59分

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